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最高裁判所第三小法廷 平成3年(オ)260号 判決

上告人

山田晃義

右訴訟代理人弁護士

小久保豊

被上告人

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

末原雅人

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小久保豊の上告理由第一点及び第三点について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下において、上告人は本件事故につき自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条所定の運行供用者責任を負うものというべきであるから、被害者の相続人に自賠法七二条一項の規定による損害のてん補をして、そのてん補額の限度において右相続人が上告人に対して有する損害賠償請求権を代位取得した被上告人の上告人に対する本訴請求は理由があるとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

自賠法一〇条にいう「道路・・・以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車」であっても、その本来の用途から外れて道路上を走行中に事故が発生して、自動車損害賠償責任保険の被保険者以外の者の自賠法三条の規定による損害賠償責任が生ずる場合には、右事故につき、自賠法七一条に規定する政府の自動車損害賠償保障事業の適用があるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件事故を起こした車両(フォークリフト)は右自動車に該当するが、本件事故は右車両が道路上を走行中に発生し、自動車損害賠償責任保険の被保険者ではない上告人の自賠法三条の規定による損害賠償責任が生ずる場合であるというのであるから、右事実関係の下において、本件事故につき、政府の自動車損害賠償保障事業の適用があるとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎)

上告代理人小久保豊の上告理由

第一点〈省略〉

第二点 原判決には自賠法七二条一項の解釈適用を誤った法令違背がある。

一 自賠法七二条一項が定める政府の保障事業は、自動車の保有者が明らかでない場合(前段)と、責任保険の被保険者(及び責任共済の被共済者)以外の者が、三条の規定によって損害賠償の責に任ずる場合(後段)とである。

前段の「保有者が明らかでない場合」とは、ひき逃げ事故の場合である。

後段の「被保険者以外の者が、三条の規定によって損害賠償の責に任ずる場合」とは、五条に違反して責任保険に加入していない場合と、いわゆる泥棒運転の場合とである。ただし、括弧書きによって、その責任が一〇条に規定する自動車の運行によって生ずる場合は除かれている。

右後段の規定は、被害者は本来責任保険の請求ができる自動車による事故なのに、保有者が違法にも責任保険を付保していない自動車(以下「無保険車」という)であった場合とか、保有者が責任保険を付保していても保有者に三条の責任がない場合に、被害者は責任保険の請求ができず、運転者も無資力なときは三条の運行供用者に請求できないことに備えたものであるから、責任保険の契約締結が強制されていない自動車による事故の場合はすべて除かれるものと解すべきである。

したがって、本件車両は自賠法一〇条の「道路以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車」、すなわち構内自動車であることは明らかであるから、政府の保障事業の規定は適用されない。

二 しかるに原判決は、「構内自動車といえども、本来の用途から外れて、道路上を運行している際に事故を起こした場合には、自賠法に反して責任保険の契約を締結しないまま、自動車を運行の用に供した場合と異なるところがないから、結局、構内自動車の運行によって生じた損害について、政府の保障事業の適用を受けられないのは、この種の自動車が工場内等で運行されている場合の事故に限られ、道路上の事故の場合は、一般の自動車による事故の場合と同様に、右保障事業の適用を受け得るものと解すべきである。」と判示した。

三 しかしながら、原判決は次の事由により自賠法七二条一項の解釈適用を誤ったものというべきである。

1 政府の保障事業の目的は、自動車事故がひき逃げ事故の場合、無保険車の場合、及び保有者が三条の責任を負わない場合等の、被害者にとっては偶然の事情によって、責任保険金を取得し得ないという不公平を是正するためである。

2 政府の保障事業は、責任保険制度を補完するためのものである。

① 自賠法の目的は、自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより、被害者の保護を図り、あわせて自動車運送の健全な発達に資すること(一条)である。

② 自賠法は、右目的を達成するため、自動車はこの法律で定める責任保険の契約が締結されているものでなければ運行の用に供してはならない(五条)と定めて、強制的な責任保険制度を設けたのであるが、構内自動車には適用されない(一〇条)。

③ ひき逃げ事故や五条に違反する無保険車事故の場合、右責任保険制度だけでは被害者の損害賠償請求の実現が困難となるので、責任保険制度を補完するために政府の保障事業が設けられたのである。

3 政府の保障事業は、責任保険制度を前提としている。

① 政府の保障事業は、責任保険制度が適用される自動車による事故の場合に限られ、責任保険制度が適用されない自動車による事故の場合は除かれている(七二条一項後段括弧書き)。

② 責任保険制度が適用されない自動車による事故の場合は、他の法令(健康保険法、労働者災害補償保険法等)による補償や運行供用者からの直接賠償に任せたものと解すべきである(七三条一、二項参照)。

4 政府の保障事業は、責任保険制度に従属するものである。

① 政府の保障事業と責任保険の内容を比較すると、てん補限度額は同一であるが、過失相殺の適用、親族間事故の取扱い等について、政府の保障事業は責任保険より厳格で狭い。

② 政府の保障事業は、責任保険料のうちの所定の割合の賦課金で運営されている。

③ したがって、政府の保障事業は責任保険制度に従属ないし付随して、最終的かつ必要最低限を保障するものであり、責任保険を越えるものではない。

5 自賠法七二条一項の解釈適用に当たっては、適用される自動車においても、責任保険制度の範囲内で行うべきであり、責任保険制度の適用されない自動車にまで拡大解釈することは許されない。

① 原判決は、「構内自動車といえども、本来の用途から外れて、道路上を運行している際に事故を起こした場合には、自賠法に反して責任保険の契約を締結しないまま、自動車を運行の用に供した場合と異なるところがない」というが、本末を転倒している。

なぜなら、自賠法七二条一項には「自動車の運行によって」とあり、自動車とその運行が要素となっていて、道路等の場所は要素ではない。自賠法の「運行」の定義を見ても場所は要素でない(二条二項)。その要素でない場所をもって、要素である自動車の種類・属性を変更することはできないはずである。

したがって、構内自動車が道路上を運行していても無保険車となるものではない。

まして、第三者の手によって構内自動車が道路上に運び出され、道路上を運行した瞬間から、保有者が五条に反して自動車を運行の用に供したことになるものではない。

構内自動車が道路上で事故を起こすと、なぜ、一〇条の自動車が一般の自動車になるのか。なぜ、保有者に五条の責任保険義務が発生するのか、そして、その義務は存続するのか。自賠法五条、一〇条の解釈を含めて、原判決は到底納得できない解釈である。

のみならず、上告人に責任保険締結義務が生ずるというのなら、本件車両が少年たちの手によって道路に出ることを予測して責任保険を付保せよということになり、構内自動車としてのみ保有する上告人には矛盾であり、上告人に不可能を強いるものである。

② 更に原判決は、「構内自動車の運行によって生じた損害について、政府の保障事業の適用を受けられないのは、この種の自動車が工場内等で運行されている場合の事故に限られ、道路上の事故の場合は、一般の自動車による事故の場合と同様に、右保障事業の適用を受け得るものと解すべきである」という。

これは、本件事故が、もし、工場の構内で起きたとすれば、被害者大島に対する政府の保障事業は適用されないというのであるから、原判決は自賠法が予定してない運行場所の如何で区別するものであって、不当な解釈である。

③ そして原判決は、「このように解することがまた、道路上における自動車の運行によって生じた、不特定の第三者の損害をできるだけ救済するため、自賠法により設けられた政府の保障事業の目的・趣旨にも合致するものといわなければならない」と結論する。

原判決は、本件構内自動車による事故を、道路上であるから政府の保障事業も適用されると結論したのだが、その根底には、自賠法三条ないし七二条一項の運行を道路上のものと誤解しているか、又は道路上の運行にとらわれているものといわざるを得ない。

自賠法は、自動車の運行が道路上であるか否かを問題としていないのに、原判決が、「道路上における・・・」といわなければその結論を理由付けできなかったことは、まさに自賠法七二条一項の解釈の誤りを露呈しているものである。

6 よって、本件につき自賠法七二条一項は適用されないのに、これを適用した原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

第三点〈省略〉

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